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引越初夜

 暑い夏だった。夏は基本的に暑いものだが、今年の夏は例年にも増して暑かった。いや、去年の暑さの記憶なんて、その間にある冬でリセットされて覚えているはずもなく、実際はさほど変わらないかもしれない。でもテレビやらネットニュースやらで「真夏日」「猛暑日」が流行語大賞を受賞する勢いで使われ、それが私の「例年にも増して暑い」という感覚を後押しする。本当に暑い夏だった。ここまでの文章で「暑」という漢字が8回使われるぐらいに暑かった。これで9回目。現実にはもう何回「暑」を積み重ねたのか分からないほどの暑い夏を、引っ越して間もない新居で過ごした。

 帰宅する少し前、スマホを操作してリモートで冷房のスイッチを入れる。帰宅後、独立洗面台に置いたソープディスペンサーから出てくる泡で手洗いをして、ダイニングのサイドテーブル兼空気清浄機のスイッチを入れる。汗だくになったシャツはドラム式洗濯機の中に投げ込んで、新しいシャツに着替える。引っ越しのタイミングで家具を買い替え、また、新たに買い足した私の生活は引っ越し前と比べて一変していた。最強の装備で猛暑と対峙した。

 全てが変わった2023年6月3日、土曜日、引っ越し当日。事前に不動産に鍵を取りに行くタイミングがなく、結局この日の朝に電車を乗り継いで鍵を受け取った。引っ越し業者が来るのは午後2時で、旧居の最寄駅の駅ビルで最後のランチを食べる。名残惜しい気持ちは、新居との距離わずか二駅という近さが和らげてくれていた。

 帰宅した後、引っ越し業者から連絡があり、予定より少し早く到着した作業員たちが、慣れた手つきで荷物を運び出していく。手持ち無沙汰の私は部屋の隅っこでスマホをいじる。携帯がない時代の人たちはどうやってこの時間を過ごしていたのだろう。業者さんにエールでも送っていたのだろうか。この日のために応援ソングを作って、今まさに運び出されようとしているギターで弾き語りをすべきだっただろうか。この時間の過ごし方を義務教育で教えて欲しい。なんてくだらないことを考えている間にも手際よく運び出される家具たち。

 10年間過ごした部屋が、空っぽになった。私が暮らした痕跡はそれでもなお、床の傷や壁の汚れといった形でしぶとくそこに居座っている。それすらクリーニングが入り、リフォームされて綺麗になくなってしまうのだろう。この部屋で過ごした記憶さえも、この記事を綴っている11月頭にはもはや海原はるかかなた

 鍵をかける必要もなくなった部屋に鍵をかけて、新居に移動した。20分もかからず到着した新居、まだカーテンのない窓からは日光が燦々と差し込み、新しい門出を祝ってくれているかのよう。そして引っ越し業者とHello, Againのち運び込まれる逆レイモンドチャンドラー短いお別れの家具たち。

 窓の外の景色を見て、作業員が感嘆の声を漏らす。ああ、人から羨ましがられるタワマンという建物にこれから住むことになるのか、と思った。低層階とはいえ、一般のマンションで言うとそれなりに高い位置にあって、かつ周囲にそんなに高い建物がなく、眺望は良好だった。

 引っ越しのタイミングでベッドと洗濯機は買い替えることにしていて、引っ越し業者に回収してもらった。時間をずらして設定していたはずのガスの業者もだいぶ早めに登場、ダブルブッキング状態の私は双方に同時対応のプチ聖徳太子だった。

 部屋と段ボールと私を残して、業者たちは去っていった。荷物の整理を後回しにして、マンションの管理人に挨拶を、そして、ラウンジやゲストルームなどの設備の見学をさせてもらった。低層階住民だけど、管理費ゼロだけど、それらを使う権利はあるのだ(管理費は家賃に組み込まれている扱いなのかも知れないが)。そして、提出しなければならない数々の書類を受け取る。まだやるべきことは山積みだが、それでも何とかここまでたどり着いた。タワマンの一室で、仮置きした家具に囲まれた私はひたすら書類にペンを走らせる。

 北西向きの窓からは沈みゆく夕陽が綺麗に見えた。脳内では荒井由実が『翳りゆく部屋』を歌っていた。アウトロのギターソロがフェードアウトして曲が終わる頃に空腹を覚え、新居近くの立ち食いそば屋で引っ越しそばを食べた。この界隈では有名な蕎麦屋だそうで、名物のジャンボゲソ天をトッピングした。やけに噛みごたえのある引っ越しそばだった。

 食後、部屋に戻って届いたベッドを組み立てた。新しい部屋の新しい寝具で、新しい生活を始める。10年ぶりの引っ越し。10年前のことはほとんど記憶にないけれど、今日と同じように新しい生活に対する期待感を抱いていた気がする。この部屋に最初に訪れるのは誰だろうか。この部屋で何を考え、どんな本を読み、どんな曲を聴いて過ごすのだろうか。ここにどれくらい長く住むのだろうか。脳内では、荒井由実にかわってカネコアヤノが「たくさん抱えていたい〜」と歌っていた。少し広くなったこの部屋で、以前よりはたくさん抱えていても許されるような気がした。

 窓の外には東京の下町の、スカイツリーや東京タワーなど見えない地味な夜景が広がっていた。ランドマーク付きの煌びやかな夜景は特別な場面に取っておいて、とりあえずこれぐらいの景色が自分にはちょうどいいように思えた。しばらく眺めていたい気持ちを、引っ越しの疲労感が上回り、新しいベッドにダイブする。翌日は朝にドラム式洗濯機の搬入をしなければならない、そして午後に旧居の立ち会い、翌週は休暇をもらって区役所に、と羊ではなくやることを数えていたらいつの間にか眠っていた。