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ミュンヘンは輝いていた(ドイツ篇1)

――ミュンヘンは輝いていた。この首都の晴れがましい広場や白い柱堂、昔ごのみの記念碑やバロック風の寺院、ほとばしる噴水や宮殿や遊園などの上には、青絹の空が照り渡りながらひろがっているし、そのひろやかな、明るい、緑で囲まれた、よく整った遠景は、美しい六月はじめのひるもやの中に横たわっている。

そんな文章で始まるトーマス・マンの『神の剣』を機内で読んでいた。トーマス・マンの文章に触れるのは約10年ぶりで(正確には翻訳者の文章ということになろうがそれはともかく)当時の私は彼の代表作『魔の山』に丸腰で挑み、上巻途中であえなく遭難してしまった。新潮文庫で上下巻合わせて1,500ページを超える超大作、登頂への道のりは厳しかった。

『神の剣』は短編で、ミュンヘンの初夏の風景と、人々が抱く芸術観に対するトーマス・マンの鋭い批判を味わううちに、あっという間に読み終えてしまう。約12時間のフライトには『魔の山』ほどの読み応えが必要なのかもしれなかった。機内食を食べ、ガイドブックを読み、眠り、また起きてガイドブックを読み、トイレに立ち、機内食を食べる。

そうこうしているうちに、現地時間16時半、ルフトハンザ航空のエアバスA350-900は定刻より少し早くミュンヘンに無事着した。

長旅の疲れと時差ボケもあいまって、自分が今ドイツにいるという現実感が薄い。思わず先の平昌五輪でメダリストが口にしていた言葉をひとりごちる。

「まだ実感が湧きません」

実際に金メダルを首にかければ、否、金色に輝くあの液体を喉に流し込めば実感が湧いてくるのだろうか。とにかく私は空港の建物を出て、空を仰いだ。ミュンヘンは輝いていた、そんな文章とは程遠く、冬の名残の3月の空は薄い灰色の雲で覆われている。それでも、氷点下を観測していた数日前のミュンヘンと比べるとだいぶ過ごしやすくなっているはずで、季節は着実に春へと向かっているようであった。

空港からミュンヘン中央駅までは電車で50分弱である。切符を買い、時刻を打刻して、改札を通ることなく電車に乗り込む。車窓に映るのはのどかな景色。

ミュンヘン中央駅の目と鼻の先、Eden Hotel Wolffにチェックインした時点で、私の体は悲鳴をあげていた。現地時間18時、日本時間深夜2時。本来なら毛布にくるまってシュールな夢でも見ている時間帯である。呪うべきは「ホテルにチェックインしたらマリエン広場まで歩いて早速ミュンヘンのビールをいただこう♪」という予定を立てていた過去の自分か、不甲斐ない今の自分か。脳内ToshIが「もう独りで歩けない」と歌い出すほど疲弊した私は、中央駅構内のYORMA'Sという食料品店でサンドイッチと飲み物を買い、ホテルに戻った。

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