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香港

5時間15分。その時間はいつも「現地に着いたらやりたいこと」を脳内に列挙して気持ちを高ぶらせる時間だった。香港行きの旅客機の機内、普段なら眼前のスクリーンに表示される「目的地までの時間」の数字が小さくなるのを期待と共にちらちらと眺めているはずだったが、今回は違う。目の前の数字はただ無機質に減り続け、気がつけば雨天の香港国際空港。もう片手でも両手でも足りないぐらい香港を訪れているが、こんな気持ちで香港国際空港に降り立つのは初めてだった。現地時刻午後3時、ローマ行きの便まで9時間あった。

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香港国際空港、年間7,450万人の旅客が利用するアジアを代表するハブ空港。高校の修学旅行で初めてここを訪れたときのことはほとんど記憶にないが、その数年後、何の因果か大学の交換留学で再び訪れたときのことは何となく覚えている。事前に留学先の大学から案内のあった空港内のミーティングスポットへ覚束ない足取りで向かったあの日。それから8ヶ月後、友人らに見送られながら香港を後にした。たった一人でやってきた香港だったけれど、去るときにはこんなにも友人ができていた。香港国際空港で寂しさと嬉しさの入り混じった複雑な感情を抱いて帰国の途についた。それ以降、度々香港を訪れた。現地に住む女性と交際していたときは、ここで再会の喜びと別れの哀しみの両極端の感情を短期間で味わった。空港とはそんな場所なのだろうな、と思う。様々な感情が入り乱れる場所。喜怒哀楽、だけでは済まされない様々な感情を抱いてきたこの香港国際空港で、私はまた言葉では言い表せない感情を抱いたまま、ベンチに腰を下ろしている。

連日報道されていたデモ隊と警官の衝突は、日本国民が興味を失ったタイミングで報じられなくなった。それでも、香港の友人と数多く繋がっているFacebookには記事や動画が日々投稿される。外務省の発する危険レベルはレベル1、広範囲に渡る抗議活動と警察当局との衝突のため「十分注意」との勧告が出されている。まだ激動の最中にいる香港、そんな状況下にあってこの悪天候、そして、今回の旅の目的地はあくまでもヨーロッパであり、なるべく体力を温存すべきではないか。乗り継ぎの時間はあえて長めに9時間の便を選んでいたが、今回はただの乗り継ぎと割り切り、ただひたすら空港で次の便を待とうか。都合が良ければ現地の友人と夕食でも、と思っていたが友人は予定が入っており、会えるかどうかは分からない。

迷った挙句、結局私は市内へと向かうエアポートエクスプレスに乗っていた。24分後、香港島の香港駅で下車。隣接しているショッピングモールから出て、フェリー乗り場へと歩く。フェリーに乗って対岸の九龍半島へ。約10分間、波に揺られて尖沙咀に到着した。

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留学が始まった当初、現地の学生に香港中を案内してもらい、すっかり日が落ちた時間帯に連れてこられたのがこの尖沙咀のプロムナードだった。ヴィクトリア湾を挟んだ対岸、香港島の夜景に目を奪われた。あれから10年以上が経過した今、ここから見る対岸の景色は雨靄に包まれてよそよそしく、振り返っても当時の学生たちはいない。

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プロムナードでは何組かのストリートミュージシャンが思い思いの方法で自己表現をしていた。若い男性が、香港の流行歌なのかオリジナルなのか分からないキャッチーな曲を弾き語っている。中年の女性が、ライブ中継でもしているのだろうか、スマホをセットして音楽に合わせて踊る。近くを歩いていた黒人の男性を巻き込み、輪は広がっていく。自由でいい、と思った。老若男女関係なく、政治的なことに至るまで表現したいことを自由に表現できる土壌、それが香港なのだ、そして、これからもそうであって欲しい。

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再びフェリーに乗って香港島へ。来たときと逆のルートを辿り空港に戻ることにした。途中、どこからかシュプレヒコールが聞こえてくる。あの頃と変わらないようでいて、でもどこか違う香港。

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「またの機会にしようか」と友人にメッセージを送って、エアポートエクスプレスに乗り込んだ。直後、ちょうど用事が終わったというメッセージが届く。既に列車は走りはじめており、どうしようかと思ったが、結局、空港の構内で一緒に夕食を取ることになった。

第1ターミナルにある中華レストラン「美心・翠園」の前で待ち合わせた。香港国際空港は混乱を防ぐために搭乗券がないと入場できないようになっていたが、友人は過去に使用したイーチケットの日付を画像編集して書き換えて入場してきてくれた。

一年ぶりの再会。香港のデモと、日本を襲った台風と、東京五輪と、たわいもない話をしながら広東料理を食べる。こんな瞬間がとても貴重なことだと留学中に気付いていればよかった。

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出発の時間が迫り、彼と別れて「離境 Departures」と書かれたゲートへ向かう。

9時間の香港滞在と、その何百倍もの時間があったはずの留学中の時間、そして、記憶の彼方の修学旅行。

高校の修学旅行で初めてここを訪れたときのことはほとんど記憶にないが、その経験が海外に出ることがどんなにエキサイティングで楽しいことなのかを教えてくれたような気がする。そして、私の手にはまた別の行先の航空券がある。初めて訪れるローマ、きっとまたエキサイティングで楽しいことがたくさんあるはず。香港に背中を押されて、私はローマ行きの便の搭乗口へと向かう。