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ガウディの天才性(スペイン篇3)

何かが破裂する音で目を覚ました。iPhoneを手繰り寄せ、時間を確認してその音の正体を把握する。ちょうど日付が変わったところ、どこかで花火が上がっているのだ。

年が変わる瞬間に特に執着心はなく、眠りについていた。所詮、人間が恣意的に決めた瞬間であり、しかもそれを全人類が一斉に祝うでもなく、これまた恣意的に決められたタイムゾーンに従って祝う、そのことに対する違和感が自分の中にあった。

花火の音はやけに喧しく、眠れそうにないので、屋上に上がってみることにした。サグラダ・ファミリアは暗がりにその姿を潜めていた。遠く、スペイン広場の方だろうか、花火が上がっている。街中のところどころからも、市販の打ち上げ花火が上がっていた。

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ぼんやりと花火を見つめながら、新年を祝う人の営みについて考える。年始に執着心はないと述べたが、大晦日にはちゃっかり年越しそばを食べたわけで、その「恣意的に決められたもの」から完全に自由ではいられない中途半端な自分自身を自覚もしている。

しかも、この8時間後に私は、初日の出を見るべくグエル公園にいたわけで、なんとも矛盾した行為である。結局心のどこかで、新年を祝うこの空気に自分を置きたいのかもしれない。

午前8時、グエル公園構内、徐々に明るみを増していく空が私の足を速めていた。バルセロナ到着初日にグエル公園を訪れたのは、初日の出の下見も兼ねてであった。位置関係を把握していたおかげで、迷うことなく目的の中央広場へ歩みを進める。

日の出の時刻、8:17の少し前に広場に到着すると、グエル公園の代名詞とも言えるモザイクタイルがあしらわれたベンチの前で多くの人々が夜明けを待っていた。聞こえてくるのは日本語と韓国語。ここは新大久保か。ベストスポットを巡っての日韓戦が行われているようだ。海外には初日の出を拝む習慣はないと思っていたが、お隣の国、韓国にもあるのだろうか。

遠く、南東の方角を見つめる。そこにはサグラダ・ファミリアが建っていて、その後ろの地中海から朝日が昇るはずである。

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海と空の境目が真っ赤に燃える。朝焼けが日の出を予感させる。

水平線の上に太陽の輪郭が現れた。周囲からは言語の壁を越えた感嘆の声が漏れる。次第に姿を現していく太陽が、グエル公園のベンチを照らす。圧倒的な赤に、ベンチの色鮮やかな青や緑が呼応しているようにも見える。そこに色が宿る瞬間を見る心地がする。

朝日を見るとき、これまで私は太陽そのもの、つまり、ただ照らすものの美しさしか認めてこなかったかもしれない。グエル公園で朝日を見ることで、照らされるものの美しさをもっと認めるべきではないか、とガウディに諭されたような気がする。

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この旅の大きな目的の一つである「バルセロナで初日の出を拝む」は天候にも恵まれ見事達成することができた。満足感を胸にホテルに戻り、朝食をとって、昼過ぎまでゆっくり休んだ。

そしてこの日はガウディ三昧。午後からは彼の代表作であるカサ・バトリョカサ・ミラをハシゴすることにしていた。

地下鉄でカタルーニャ駅へ。昨日はここを起点に南へと足を延ばしたが、今回はグラシア通りを北上する。

TXAPELAというピンチョスバルのチェーン店で昼食をとった後、カサ・バトリョへ向かった。日本で時間指定なしファストパス付きのチケットを購入していたため、行列の横を涼しい顔で通り、入り口へ。ガウディが繊維業界のブルジョアであったバトリョ家の依頼により増改築した建物で、海をイメージして建築されたと言われている。その建物の中をスマホ型のオーディオガイドに従って見て回る。画面にはその部屋に応じたアニメーションが流れる。

バルコニーの波打つ窓や、煙を表現した屋上の煙突など、見どころはたくさんあったが、とりわけ興味深いのはタイルが貼られた中庭の壁で、上層階から地上階に近づくにつれて色が濃紺から白へ変化している。これは、各階に届く光の量が同じになるように計算されているらしい。外尾氏は著書の中で『ガウディの天才性の一端は、機能とデザイン(構造)と象徴を常に一つの問題として同時に解決していることにあると思います』と述べているが、その天才性の一端を垣間見たような気がした。

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そして、カサ・ミラ。実業家ペレ・ミラの邸宅として建設された、曲線が印象的な建物である。こちらは16:30指定のチケットを購入していたので時間に合わせて訪問。手荷物検査を受け、オーディオガイドを受け取り、中に入るとそこは壁が淡い色彩で彩られたホール、そこからエレベーターで一気に屋上へ上がる。そこに並んでいるのは独創的なオブジェ、実際は煙突や換気口の役割を果たしている。ソフトクリームのようにも見える換気口は、空気の流れを読んでこういうデザインを生み出したとのこと。屋上を風が吹き抜ける際、この煙突が空気を巻き込んで中の煙を吸い出させる。換気扇があまり普及していなかった時代に、ガウディが機能・デザイン・象徴の問題を同時に解決した一例であろう。屋上からはバルセロナの街を見渡すことができた。

屋上から階段を下りて、ガウディ建築の展示スペースとなっている屋根裏を見学、更に階段を下り、住居スペースへ。ここは現在でも4世帯が住むアパートであり、見学可能なのは1フロアのみ。因みに家賃は約15万円、破格の安さに思えるが、建設当時は家賃の高さと見た目の評判の悪さからなかなか借り手がつかず、「3世代に渡って家賃値上げなし」という条件があるらしい。バルセロナの中心で世界遺産に15万円で住む、一体前世でどれだけ徳を積めばここの住民として生まれてくるのか。

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ガウディ建築を堪能した私はホテルへ戻る。地下鉄から地上に上がる瞬間、またサグラダ・ファミリアが出迎えてくれる。今回のホテルは中心部からは多少離れていて、ショッピングに重きを置く場合はお勧めできないかもしれないが、私にとっては最良の選択をしたような気がする。サグラダ・ファミリアが帰る場所になる、という感覚を持つことができる場所。

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2019年の元日は、ガウディに彩られる形で終わった。所詮、人間が恣意的に決めた前年との区切りではあるが、その恣意的なものに囲まれて生きる以上、その区切りを経て訪れた2019年という年を素晴らしい年にしたい。