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はじめの一兎(タイ篇1)

「お盆休みには地元に帰るの?」会社の先輩にそう訊かれ「いえ、帰りません」と答えたのは一ヶ月前だったか二ヶ月前だったか。しかし、定刻を少し過ぎて20時に成田空港を発った旅客機は私の地元の方角、南西へと飛んでいた。格安航空会社のタイガーエアの旅客機には航路を示すスクリーンなど設置されておらず、窓の外は闇に包まれていたため確認のしようもないが、私の乏しい地理の知識を持ってしても、旅客機はおおよそ沖永良部島の方角へ飛んでいることは分かっていた。しかしそれは島に唯一存在する質素な空港に着陸することはなく、ひたすら空路を南西へと取り、台北へと向かう。

お盆休みの旅先をタイに決めたのは、ゴールデンウィーク後に会社の先輩と私のカンボジア旅行の話をつまみに酒を飲んでいた際に強く勧められたこと、大学時代の友人が住んでいること、 ツイッターの相互フォロワーの一人が訪問していたことなど、細かい理由が積もり積もっていたからであり、これと言って決定打はなく内野安打が積み重なった結果だったが、もはや脳内ではタイ美人が「サワディカー」と私に呼びかけ、その微笑みを反故にすることはできなかった。

直行便ではなく台北経由の便を選択したのは、金銭的な問題というよりも、せっかくなら台北も楽しもうと二兎を追った結果であるが、ここに来て一兎も得ることが出来ないのではないかという不安を抱いていた。バンコクを舞台にした三島由紀夫の小説『豊饒の海(三)暁の寺』を読み、折しも東京国立博物館で開催されていた日タイ修好130周年記念特別展を訪れる中で、実質二泊三日の滞在ではバンコクの魅力を余すところなく味わうことは不可能だと痛感したのである。滞在時間の圧倒的な欠乏を前に私が出来ることと言えば、その瞬間瞬間を濃厚なものにするため、事前に予備知識とイメージを入念に構築しておくことであった。ただそれも不十分な状態で機内に乗り込んだ私は、飛行状態が安定した後、一夜漬けで試験に臨む学生よろしく、地球の歩き方と『暁の寺』のページをめくった。

例えば、大理石を使用した王室寺院「ワット・ベーンチャマボピット」について、三島由紀夫は次のように描写している。

――ポインテッド・アーチ形の窓々は、内側の紅殻をのぞかせながら、その窓を包んで燃える煩瑣な金色の焔に囲まれていた。前面の白い円柱も、柱頭飾から突然金色燦然とした聖蛇の盤踞する装飾に包まれ、幾重にも累々と懸る朱い支那瓦の反屋根は、鎌首をもたげた金色の蛇の列に縁取られ、越屋根のおのおのの尖端には、あたかも天へ蹴上げる女靴の鋭い踵のように、金いろの神経質な蛇の鴟尾が、競って青空へ跳ね上っていた。

その寺院の全体像は地球の歩き方の写真を見れば一目瞭然であるが、細部が強烈に印象づけられるのはむしろ三島由紀夫の精緻な描写によるものであった。その文字のみによるガイドブックを私は入念に読み込んだ。

この豊饒の海シリーズは全四巻に渡る壮大な輪廻転生の物語である。とりわけ第三巻の『暁の寺』が難解だと言われ、私自身も同様の印象を持った。それはひとえに仏教の重要な思想である「唯識」や「輪廻転生」について語られているからである。 

バンコクの滞在を充実したものにするには『豊饒の海(三)暁の寺』を理解しなければならず、『暁の寺』を理解するためには唯識、輪廻転生について理解しなければならない。そんなどこか少し屈折した強迫観念が私を苦しめていた。

理解の手助けとなる『暁の寺』の解説書もまたiPhoneKindleの中に入れていた。その解説書でも唯識の思想が難解であることを認め、「唯識三年倶舎八年」という言葉を紹介していた。意味としては「仏教の基礎『倶舎論』を八年勉強した後に唯識を三年勉強すれば一応の理解は得られる」ということである。台北までの三時間半、台北滞在十七時間、台北からバンコクまでの三時間半、この短い時間で仏教教学に素人の私がこれらの思想を理解しようなど、東京五輪に出場してメダルを取る以上に難しい。ていうか無理ゲー。既に脳内はショート寸前、頭から煙が出て機内はパニック、沖永良部空港緊急着陸するのではないか、との危惧を抱いたところで「たかが旅行やんけ」と思い直すことにした。堅苦しいことは考えず楽しめばいい。依然として「よりいっそう楽しむためには背景となる知識や思想があればこそ」と語りかけてくる内なる声は無視することにした。地球の歩き方のページを開き、荘厳な寺院の写真と、それに添えられた明解な説明文を読んだ。肩の力が抜け、体が軽くなったと感じたのは、実際に旅客機が降下を始めていたからである。

22時半過ぎ、私は三年ぶりに台北の地を踏んだ。と同時に始まる17時間のカウントダウン。もはや唯識や輪廻転生のことなど頭にはなく、私はいかに台北を楽しむか、いかにはじめの一兎を追うか、に注力していた。入国審査を抜けると、今年の三月に開通したばかりの、桃園国際空港と台北市内を結ぶMRT乗り場へと小走りで向かった。